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Edo-Periode (1600–1868), vor 1882 | Heinrich von Siebold

体をうねりながら上を向いて大きく口を開き、舌を出しながら吠えるかのような龍。力強く長い爪で水晶の球体を左前足に持ち、他の足は地面をつかむかのように爪を立てている。首から尾まで背中に鋭いトゲが連なり、体は鱗文でおおわれ、角とひげが後ろに長くたなびく。蛇のような腹板(腹鱗)の底の部分における二つの鋳銘「行年六十九歳」「渡雲齋鋳」により、作家の晩年の円熟した時の作品とわかる。xxx木村渡雲は江戸時代後期の岩手県出身の鋳金家で、初代村田整珉の養子となった。文政12年(1829)に二代整珉と名乗って活動したが、天保はじめ頃(1830年代)に初代整珉の実子が三代整珉となったのちは、木村渡雲の名前に復帰した。水晶玉を持つ龍の置物は好運をもたらすとして人気が高いモチーフであるが、木村渡雲はとりわけ優れた龍の造形で名高く、本作に見る精密な表現と迫力により、その評判は証明されているといえよう。

体をうねりながら上を向いて大きく口を開き、舌を出しながら吠えるかのような龍。力強く長い爪で水晶の球体を左前足に持ち、他の足は地面をつかむかのように爪を立てている。首から尾まで背中に鋭いトゲが連なり、体は鱗文でおおわれ、角とひげが後ろに長くたなびく。蛇のような腹板(腹鱗)の底の部分における二つの鋳銘「行年六十九歳」「渡雲齋鋳」により、作家の晩年の円熟した時の作品とわかる。xxx木村渡雲は江戸時代後期の岩手県出身の鋳金家で、初代村田整珉の養子となった。文政12年(1829)に二代整珉と名乗って活動したが、天保はじめ頃(1830年代)に初代整珉の実子が三代整珉となったのちは、木村渡雲の名前に復帰した。水晶玉を持つ龍の置物は好運をもたらすとして人気が高いモチーフであるが、木村渡雲はとりわけ優れた龍の造形で名高く、本作に見る精密な表現と迫力により、その評判は証明されているといえよう。

Collector:
Heinrich von Siebold (1852 St. Martin/Boppard - 1908 Schloss Freudenstein/Bozen) DNB

Time:
Edo-Periode (1600–1868), vor 1882

Material/technology:
Bronze, Silber, Kugel aus Bergkristall

Signed
行年六十九歳 / 渡雲齋鋳 Gyōnen rokujūkyūsai / Tounsai chū (Im Alter von 69 Jahren / gegossen vom Künstler Toun)

Copyright
Weltmuseum Wien

Collection area
Ostasien

Invs.
34653

Provenance
H.v. Siebold Sammler